出版レーベル・parubooksは富山県南砺市《なんとし》という、琵琶湖とほぼ同じ面積に 5万人足らずの人々が暮らす、北陸地方の山里に本拠地を置いています。そんな田舎に住み働いていて苦労することの一つが、「自分が潜在的に欲しいと思っている本を、欲しいときに手に入れる」ことです。地方には書店が少なく、あっても棚に並ぶのはベストセラー本など、評価がすでに定まっている本が中心です。そんな時、都会にある大きな書店の、いろいろなジャンルの本が無数にある空間に戻りたい、と切に願う自分がいます。地方からもクリック一つで本が買える時代になって久しく、デバイスがあればいつでも本が読める電子書籍も普及してきました。私も恩恵にあずかる一人ですが、そこでは欲しい本をピンポイントで手に入れることはできても、本との偶然の出会いはやはり難しい。書店での本探しの時間が、自分の人生には欠かせないものだったということを、都会から離れて初めて知りました。同時に、地方で欲しい本が手に入れづらいことへの疑問も感じ、出版というメディア産業や、出版社~取次~書店という独特の流通構造にも関心を持つようになっていきました。 近年のソーシャルメディアの普及は、作り手と受け手の境界をあいまいなものにしました。クリエイター自ら、主張や作品をどこからでも「コンテンツ」として発表できるようになり、既存の枠組みに囚われない多様な表現に触れていると、新しい時代への胎動を感じます。他方でそれまで情報という「コンテンツ」を独占的に媒介してきた既存メディア産業はあり方を大きく揺さぶられ、出版業界やそれを支える取次・書店業界や印刷業界も、長く低迷の時代が続いています。メディア産業とは何か、どうすれば「コンテンツ」としての対価を得られるのか、複雑な社会状況の中でどのような役割を担っていくのかが、厳しく問われる時代になりました。 メディア産業は情報の流通量が多い都会に偏在し、「コンテンツ」は長らく都会で生み出されるものでした。地方はもっぱら、その「コンテンツ」を享受するだけの立場に置かれがちでしたが、時代は大きく変化し、「コンテンツ」の発信・流通は、都会を経由しなくてもすでに可能になっていると私は思います。思えば出版では、地方在住クリエイターとの原稿のやりとりが、インターネットが普及するはるか以前から行われてきました。文字媒体ならではの機動力を活かし、地方でも密とは無縁のとびきりの田舎、ディープでマニアックな伝統や文化にあふれたこの地から、出版活動を通じて新しい「コンテンツ」の編集と発信に挑戦したいと思います。 仰々しいことを述べてきましたが、出版レーベルを手がける最大の動機は、「まだ見ぬ本への渇望」に他なりません。世の中を支配する当たり前や思い込み、ドミナント・ストーリーには囚われず、誰かの日常に少しでも影響を与え、新たな代替の道、オルタナティブ・ストーリーの発見につながる本を、地方に住む人間の視点で編むことにこだわっていきたいと思います。また、私たちの本を手にしてくださった方に、この地での「桜ヶ池ファミリア」を実現するための取組へ加わっていただくきっかけになればと願います。 2021年 5月 発行人 佐古田宗幸